すっぱいブドウの理論

すっぱいブドウの理論とは

すっぱいブドウの理論とは

イソップ童話の『キツネとブドウ』の話からきています。 

キツネが、たわわに実ったおいしそうなブドウを見つけ食べようとして跳び上がるが、ブドウは全て高い所にあり、手が届かない。 

何度跳んでも届かずにキツネは怒りと悔しさで、「どうせこんなぶどうは、すっぱくてまずいだろう。誰が食べてやるものか。」と捨て台詞を吐いて取るのを諦めるという話しです。

正当化(合理化)することで自分を守る防御機能

フロイトはこのような行動を「防御機能」としています。 

欲しいものが手に入らなかったときに「どうせこんなぶどうは、すっぱくてまずいだろう。誰が食べてやるものか。」と負け惜しみを言うことで、自分を守る。 

キツネにもっとジャンプ力があれば、そのブドウには手が届いていたのです、 

でもそれを認めてしまうと、自分の弱点を痛感することになります。 

それを不合理な言い訳で、合理的なことにする綸言の心理のありかたがあります。

正当化は自然な動き

正当化は、自然な心の動きだと思います。 
 
そうすることで、自分が傷つかないように守ることも大事な時があります。 
 
ただ、 
 
・正当化が今の自分には必要なのか 
 
・正当化は甘えから来ているのか 
 
の、どちらであるか? 

 正当化が必要なのは、他人から傷つけられたときなど、自分の心を守るためにも正当化することが有効だと思います。 
 
正当化が甘えから来ているときは、自分が努力から逃げていることに気づかなければなりません。 
 
もともと なりたい自分 という理想があるからこそ、そこにたどり着かないギャップを 言い訳で埋めようとしているのです。 
 
この場合の正当化は、ごまかしの正当化なので、いつまでたっても本当の解決にはなりません。 

生きていると、本当は欲しいのに手に入らないものが沢山あります。 
 
「お金だけが全てじゃない」 

 「仕事だけが人生じゃない」 

 「あの人とはしょせん縁が無かったんだ…」 

 いつまでも執着し続けたり、手に入らないことを後悔し続けるのは、精神衛生上よくありません。 

そこで、もっともらしい理由を見つけて諦めるという合理化を図るというわけです。

すっぱいブドウから学ぼう

創意工夫をしよう

きつねはここで諦めてしまいました。 
 
しかし、本当にブドウを手に入れたければ、 

木を登るという方法や、 

畑を変えて低いところに生っているブドウを探す、 

人間が収穫したブドウを頂戴する 

などのいろいろな方法がありますよね。 
 
「もう、これ以上は無理だ…」 

このような状況でも、必死に頭を使えばアイデアをひねり出すことが意外と出来るものです。

すっぱりとあきらめることの大切さ

そして諦めることの大切さです。 

考えてみれば、きつねの主食はぶどうではありませんから、他にも美味しい食べ物は沢山あるわけです。 
 
ビジネスだって同じです。 
 
今、成功者と呼ばれている方のほとんどが失敗を経験していますし、 

また、諦めが早い方が多いです。 

落ち込んでいる暇があったら「次!次!!」って行動し続けてチャンスを掴んでいるのです。

最後に

『イソップ物語』における「酸っぱい葡萄」(狐と葡萄)の話のなかでは、 

こうした物語の中の擬人化されたキツネの姿を通して、 

自分の行動を正当化するための不合理な言い訳をすることによって、 

自分にとって不都合な事実を覆い隠してしまおうとする心理学における「合理化」にあたる人間の心理のあり方が示されていると考えられることになるのです。 

ちなみにすっぱいぶどうには違う意味があります。 

 
英語ですっぱいぶどうを表す「Sour Grapes」は日本語で「負け惜しみ」という意味なんです。 

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